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隠岐での日々

ブログでつづる隠岐の観光と暮らし

 

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御霊会風流(ごれえふりゅう)


Edit Category 隠岐の観光
毎年6月5日は隠岐の総社、玉若酢命神社の大祭、「御霊会風流」です。

各地の子氏神さまが総社である玉若酢命神社へ参集する総社祭です。

五穀豊穣を祈った祈年祭でもあって、田植え神事や神輿の上の鳳凰が稲穂を食んでいるところが特徴的です。
_IGP2680.jpg

総社とは各地域にある神社の神様を集めて祀った神社のことです。平安時代、国から地方に派遣された役人の最初の仕事は、その地域の神社の全てを参拝することでした。しかしそれも面倒なので、地域の神社の神様を便宜的に集めてたのが総社です。

岡山県に総社市がありますが、この玉若酢命神社がある下西もかつては総社村と呼ばれていました。

さて、その総社の祭りですが、各地の神様が神馬(しんめ)に載って参集します。
この神馬が馬付きと呼ばれる若者と人馬一体となって、拝殿に向かって参道を駆け上がる神事が馬入れ神事です。

かつては隠岐の48の地域から神馬が集まっていたそうですが、現在では8地域のみとなっています。

その8地域とは、客分である島後の東側の3地区(東郷、飯田、大久)、地元側の西側の5地域(加茂、有木、原田、西郷、下西)です。

馬入れ神事は東側の3地域(とりわけ東郷)が主導権を握っています。最初に東郷馬から入ります。

理由は諸説ありますが、玉若酢命神社の祭神、玉若酢命(たまわかすのみこと)が島後の東の海岸から龍馬に載って駆け上がってきた際に、東側の3地区がお迎えしたからだと言われています。(駆け上がった海岸は龍ヶ滝として観光地となっています)

では、各地区の神馬と馬付きをご覧ください。各地域の衣装の違いをお楽しみ下さい。

○東郷馬
_IGP2703.jpg

○飯田馬
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○大久馬
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○加茂・西田馬
_IGP2730.jpg

○有木馬
_IGP2754-2.jpg

○原田馬
_IGP2773.jpg

○西郷馬
_IGP2784.jpg

○下西・上西馬
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馬入れ神事の他にも流鏑馬などもあったりと隠岐でおそらくいちばん大きなお祭りです。屋台も沢山出て、大勢観客で賑わいます。
_IGP4374.jpg


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Comments

 
写真、ありがとうございました♪
いい写真がいっぱいでしたね~。馬入れ神事の迫力が伝わってくる!!!

それから、お祭りのことが詳しく書いてあっておもしろかったです
というわけで・・・
この記事、リンク貼らせてもらいました(^^ゞ
 
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
 
 
bunten1koさん

ありがとうございます。
レンズが非常にいい味をだしてくれるやつなので、助かります。

お祭りの内容をやっぱり知って見ると面白さが全然違いますよね~
もっとネット上でいろいろ情報があればいいんですけどね。
馬付きの準備の話とかとか。
 
 
突然失礼いたします。
私の父と兄が馬付をしています。偶然通りかかり拝見させていただきました。迫力ある写真で兄達にも見せたい一枚です。
少し訂正させてください。
かつて48地区の~とありますが、私が聞いたものでは、一つの氏神(一座)に三頭の神馬が総社に参集していたそうです。その当時の隠岐島で16座の神々がいてそれに三頭の神馬で合計48頭の神馬が参集していたそうです。それがある時を境に今の東西八頭に縮小されたそうです。
父からいろんな話を聞きましたが、何分この馬付のしきたりは女人禁制なので当方女子としてはあまり立ち入れないのがもどかしいですね、、、笑
長文失礼しました。
 
 
>kape-chan さん

はじめまして!コメントありがとうございました!
そして、ご指摘ありがとうございます。実はコメントにはないですが、他の方々からもいろいろご指摘頂いておりまして、私の不勉強を恥じるとともに、非常に勉強になり助かっています。

さて、48頭の件ですが、その説は初めて聞きました!確かに16座というのは延喜式の式内社の16座ともリンクする数字なのでそうかもしれません。

もう一つ、本文には東郷、大久、飯田が客分とありますが、加茂も客分になるのですね。あと謎なのはなぜ加茂だけは境内で待機してるのか。

こうやって、祭りの背景がわかってくると本当にお祭りを楽しめますね。
 
 
度々すみません。。

客分として優遇されるのは東郷、飯田、大久の東三馬です。その証拠に、当日、東3地区の総代が総社へ到着の報告をされた後、その後を追いかけるように総社の方が東郷桟敷(休憩所)にお礼に来られ3地区をもてなします。また、東三馬は下西に到着した際、御幣を二宮神社というところに奉納するため馬入れの時は御幣をつけていない、東郷総代が本殿に入られないと馬入れ神事が行われないというところでも客分の扱いであると私は思っています。
裃を着ける西方で唯一加茂だけが東方と同じ裃を着けない略装であるのと総社境内に休憩所があるなど、ある理由から加茂馬だけが有する特権がいくつかあるとされています。その特権、馬入れ神事とは別物なのですが、、、
もしよろしければ、『島後三大祭り』という本を読まれてはいかがでしょうか。詳しく載っています。これの御霊会の部分は父が全面協力をしたそうで話を聞く度にこれを読め!と言われてました(笑)
確かに御霊会の歴史がわかると祭りを見る視点なども変わって面白いです。でもその分、昔と変わった部分も見え、その辺りは少し悲しくなりますね。長く続くお祭りなので伝統はかたくなに守ってほしいと思うようになりましたね。

またまた長文失礼いたしました>_<;
 
 
kape-chanさん

長文、ありがとうございます!いろいろ謎だったところがわかりました。
加茂の特権については、私も藤田一枝さんの研究を読んだりしてみましたがよくわかりませんでした。「島後三大祭」ですね。今度図書館で読んでみようと思います。

昔と違っている部分、変化することにはなにか理由があると思いますが、伝統としてしっかり守るべきところ、時代に応じて変化するところがやはりあるのでしょうね。
 


 
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